(中高生向け)無理数×無理数の意味ってなんだ?

*ここでは、無理数同士の計算は本来どういう意味なのか考えるべきであることと、では無理数同士の計算をどのようにとらえれば良いのか、大雑把な考え方を理解してもらうことを目的としています。多少厳密性に欠ける部分がありますのでご了承ください。

 無理数を初めて習うのは普通中学3年生で、ルートを習うことで無理数が導入されます(本当は、無理数である円周率πを中学1年生で習いますが、無理数の定義は3年生で初めて習います)。無理数同士の計算の代表としてルート同士の計算の仕方も習います。まずは、正の数a, bに対して、√a×b=√a×√bであることを用いての計算をしますが、教科書に書いてあるその証明は次の通りです(考え方としては、√AはAの正の平方根、つまり2乗してAになる数のうち正の方を表すので、今回の証明は√a×√bが正であることと、√a×√bを2乗するとa×bになることが言えれば、a×bの正の平方根は√a×√bになるので、√a×b=√a×√bが示されます)。

証明)√aはaの正の平方根、√bはbの正の平方根を表すから、√aも√bも正である。よって、√a×√bは正である。・・・①

また、(√a×√b)²=(√a×√b)×(√a×√b)=(√a×√a)×(√b×√b)=a×b・・・②であるから、√a×√bを2乗するとa×bになる。

以上より、√a×√bはa×bの正の平方根だから、√a×b=√a×√b (証明終わり)

この証明の意味が分かれば、確かに√a×b=√a×√bと結論付けて問題なさそうな気がしますが、実はこれでは非常にまずい問題があります。何が問題かというと、そもそも、一般に無理数である√aと√bに対して(aとbが平方数でなければ√aや√bは無理数です)、√a×√bがどういう意味なのか言及していないことです。

 自然数同士の掛け算は、足し算をもとに意味づけられていました。例えば、5×3とは、5+5+5というように、「5を3回足す」という式だと習ったはずです。つまり、mとnが自然数であれば、m×nを「mをn回足す」と解釈できます。ところが、mやn、とくにもnが自然数でない分数になった場合、このような解釈ではちょっと無理があります。そこで、分数の意味さえ決まっていれば、自然数であるa,b,c,dに対して、a/b×c/dを(a×c)/(b×d)と決める(定義する)ことで計算できます(私自身小学生の頃分数同士の掛け算をどのように習ったか覚えていませんが、恐らくa/b×c/dは(a×c)/(b×d)と計算できると習っただけで、それはa/b×c/dを(a×c)/(b×d)と決めたという意味で「計算できる」のか、分数同士の掛け算に何かしらの解釈を持たせ、その解釈に従えばa/b×c/dが(a×c)/(b×d)となることが分かる、性質の意味で「計算できる」なのか、曖昧にして教えられていたと思います。しかし、それがどちらなのかが数学では大切なのです)。では、無理数同士の掛け算ではどうでしょうか。無理数の定義から、無理数は(自然数)/(自然数)の形で書くことが出来ません。つまり、無理数同士の掛け算は今まで(分数同士の掛け算まで)のように解釈するわけにいきません。ですので、本来は「√a×b=√a×√bが成り立つかどうか」の前に、「√a×√bはどういう意味なのか」をまず議論すべきなのです。上の√a×b=√a×√bの証明では、①で(正の数)×(正の数)は正の数になることや、②で掛け算の順序は替えられることを用いていますが、これらの性質はあくまでそれまでに習ってきた数(つまり有理数)同士の計算では成り立っていた話です。そもそも無理数同士の掛け算の意味が決まっていないのに、(無理数を含む正の数)×(無理数を含む正の数)が正の数になるかや、無理数を含む数の掛け算の順序を入れ替えられるかどうかを考えられるわけがありません。つまり、何が言いたいかと言うと、無理数同士の掛け算の意味を決めないと、上の証明は正しいものではなくごまかしになってしまうのです。

 さて、ここまでの説明で無理数同士の掛け算の意味を決めることが大切だということを、なんとなく理解できたでしょうか。では、ここからは無理数同士の掛け算をどのように意味づけていくのか、その考え方を説明していきたいと思います。

 無理数同士の掛け算の意味付けを考えると言っても、実は一筋縄ではいきません。なぜかというと、無理数はルートで表される数だけでなく、他にもたくさんあるからです。では、ルート以外の無理数にはどんな数があるのかというのが問題になってきて、「無理数の全てはこういうものです!」と説明するのが大変なのです。そこで、無理数同士の掛け算を考えるためには、次のような流れで考えるのが普通です。

有理数全ての集まりから、「ある事」をして実数の集まりを作る。(実数の集まりに入る1つ1つの数が実数である)→実数同士の掛け算の意味を決める。→実数の中で有理数でないものを無理数とすると、実数同士の掛け算の意味が決まっているから、無理数同士の掛け算の意味も決まる。

ですので、有理数全ての集まりから、実数の集まりを作ることがスタートです(実数の集まりを作ることが出来れば、実数で数直線上すべてを覆うことができるように、実数はびっちり埋まっていることが分かります)。どのようにして実数の集まりを作るかは、デデキント切断による方法やコーシー列による方法などがありますが、これらをきちんと説明しようとすると難しい話になってしまいます。なので、この難しい話や厳密性を保つうえで大切な部分を大きくはしょって、無理数同士の掛け算を考えるアイディアだけ説明します。

 どんな無理数でも、収束先がその無理数となるような有理数列をとることが出来ます。例えば、無理数πに対しては、3,   3.1,   3.14,   3.141,   3.1415, …という数の並びが取れます(この数列はもちろんπに収束しますが、各項はすべて有理数です)。そこで、無理数α, βに対して、α×βを、収束先がαやβになる有理数列{an}と{bn}をとることで、lim(n→∞){an×bn}と決めます(定義します)。{an}や{bn}の取り方によっては、第n項をnの式で表せないものがほとんどです。その2つの数列の第n項同士の掛け算を考えて極限をとるなんてできそうにない気がしますが、数列の収束の定義を厳密にし直す(εーN論法というものを用いる)ことでlim(n→∞){an×bn}を考えることが出来ます。

(ここからはさらに厳密性を求める大学生向け)上の段落のアイディアはコーシー列による定義のアイディアによるものですが、かなりずさんな議論です。有理数列{an}がコーシー列であるとは、

∀ε>0, ∃N>0 s.t.  m, n≧N⇒|am-an|<ε

を満たすことを言います(ここに表れるεやNは当然有理数です)。ここで、有理数のコーシー列{an}と{bn}が、lim(n→∞)|an-bn|=0が成り立つとき、{an}~{bn}と表すと、~は同値関係です(推移律は三角不等式による評価で得られます)。そこで、有理数のコーシー列全体の集合をこの~で割って得られる同値類1つ1つを実数とみなしてしまう、これがコーシー列による実数の構成方法です。なぜこのような~を考えるかと言うと、有理数列の収束先は一般に有理数ではないため、まず有理数の収束先によって関係を定めようとしてしまうと、実数の構成方法を考えているのに、議論の途中に実数が出てきてしまうわけです。それを避けるため、上のような関係~をつくると、結果としてこれによってできた1つ1つの同値類は収束先が等しいような有理数のコーシー列の集まりとなるわけです。上の段落では、実数を作る途中に収束先を考えてしまっているところがずさんな議論なのです。

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