(中高生向け)「無限」にも大きさがある?

 今回はいつものような自己満の記事ではなく、中学生や高校生がこの記事を読んでも、理解できるように、出来る限り分かりやすく書きます。ちなみに、この記事は私が大学4年生の頃、オープンキャンパスで(多分)大学でも数学をやりたいと考えている高校生を対象に話した内容です。中高生の皆さんは、長いですが頑張って頭をフルに回転させて読んでいってください。

 早速ですが、クイズです。ある体育館に、たくさんの生徒がいます。男子と女子のどちらの人数が多いか、あるいは同じか調べたいのですが、男子も女子もあまりに人数が多いので、数えたくありません。数えることなく人数を比べるには、どうすればよいでしょうか?

 その答えは、「男子と女子が1人ずつ手をつないでいく」です。もし、女子と手を繋げない(可哀そうな)男子がいれば、男子の方が人数の方が多いと分かります。女子が多い場合も同じです。男子と女子の人数が同じなら、全員が手をつなぐことが出来ます。

 当たり前のような答えかもしれませんが、実はこの「手をつなぐ」というのはとても良い発想なのです。この発想が、無限同士の大きさを比べることが出来る(もうちょっと正確に言うと、無限同士の大きさを比べる方法を定義する)ことに繋がります。

 (以下、この段落では、中学生のために「集合」について説明します。高校生など知っている人は呼び飛ばしても構いません。)数学では、ものの集まりのことを「集合」といい、その集合に属するもののことを「要素」または「元」と言います。例えば、2, 4, 6…を全て集めたものは、正の偶数全ての集合となります。ここで、ある数をxやnなど文字で表すのと同じように、集合も文字を用いて表すことがあります(普通集合は大文字のアルファベッドで表します)。集合の要素の個数は有限の場合もありますし、無限の場合もあります。例えば、正の偶数全ての集合をA、10以上100以下の素数全ての集合をBとした場合、Aは要素の個数が無限の無限集合で、Bは要素の個数が有限の有限集合です。ここまで大丈夫でしょうか?

 次に、この段落では、「写像」というものについて説明します。一般に、二つの集合A, Bに対して(前の段落で出てきたAとBとは関係ない)、Aのどの要素にもBの要素がただ一つ対応しているとき、この対応規則のことを、AからBへの写像と言います。例えば、Aをあるコンビニの商品全ての集合、Bを1円、2円、3円…全ての集合とします。商品には全て値段が決まっているので、これによってAからBへの写像fを作りましょう。Aの要素である鮭おにぎりは、写像fによって120円というBの要素に対応し、Aの要素である缶コーヒーは、写像fによって100円というBの要素に対応する、などといった具合です。違う商品で同じ値段のものがあっても構いません。とにかく、この写像を作れるうえで大切なことは

・Aの「どの」要素にもBの要素が対応している(どのコンビニの商品にも値段が決まっている)こと・・・①

・Aの要素1つに対してはBの要素がただ1つだけ対応している(1つのコンビニの商品に対して値段は1つしか決まっていない)こと・・・②

の2つです。いま、値段によってAからBへの写像fを作ってみましたが、この逆の考え方でBからAへの写像を作ってみようとしても、上手くいきません。なぜかというと、例えばBの100万円という要素に対して、対応するAの要素がないからです(100万円のコンビニ商品は普通無い)。つまりこれは、上の①AとBを入れ替えたものに反します。もっと言うと、②のAとBを入れ替えたものにも反してしまう可能性もあります。それは、違う商品で同じ値段のものがある可能性があるからです。例えば、鮭おにぎりも肉まんも120円だった場合、Bの120円という要素に対して、Aの要素は2つ以上に対応してしまっています。つまり、いわば「値段の逆」のような対応規則では、BからAの写像を作ることが出来ないのです。

 ここで、初めのクイズを、「集合」と「写像」を照らし合わせて考えてみましょう。ここでは、Aを体育館にいる男子の集合、Bを体育館にいる女子の集合とします。「手をつなぐ」という行為は「写像を作る」ということであり、「手のつなぎ方」が「写像」になるわけですが、ちょっとこれには注意が必要です。なぜならば、写像を作るときには、AからBへの写像なのか、BからAへの写像なのかを決める必要があるからです。なので、「手のつなぎ方」は確かに「写像」になりますが、「男子の全員が、好きな女子を一人決めて手をつないだときのつなぎ方」が「AからBへの写像」であり、「女子の全員が、好きな男子を一人決めて手をつないだときのつなぎ方」が「BからAへの写像」であると考えるべきでしょう。ただ、例えば、AからBへの写像を作るとき、男子3人が1人の女子と手をつないでしまうかもしれませんが・・・まあ、「数学的には」問題ありません。さて、かなり長くなってきましたが、ここからが本題です。頭が痛くなったりしてないでしょうか?

 次に、「全射」の説明をします。全射とは写像の特徴を表す言葉です。AからBへの写像fが全射であるとは、Aの要素が写像fによってBの要素全てを覆いつくすことを言います。例えば、集合Aを1, 2, 3, 4, 5の集まり、集合Bをa, b, c, dの集まりとし、AからBへの写像fによって、1はaに対応し、2はbに対応し、3はcに対応し、4と5はdに対応するとします。このとき、写像fによってBの要素であるa, b, c, dを全て対応させているので、写像fは全射な写像です。では、BからAへの全射な写像は作ることが出来るでしょうか?答えは「No」です。なぜなら、例えばaは1に対応し、bは2に対応し、cは3に対応し、dは4に対応するようなBからAへの写像を考えても、5には対応させられていないからです。なぜBからAへの全射な写像が作れないかと言うと、Bの要素の個数がAの要素の個数より少ないからです。つまり、「一般に2つの有限集合に対し、要素の個数が多い集合から少ない集合へは全射な写像を作れるが、要素の個数が少ない集合から多い集合へは全射な写像を作れない」ことが分かります(この段落では2つの有限集合に対して全射な写像が作れるか考えましたが、2つの無限集合に対しても全射な写像が作れるか考えることが出来ます。無限にある要素を全て覆いつくす意味が分かりにくいかもしれませんが、これについては後の段落で説明します)。

 さて、ここまでの議論をもとに、集合の大きさについて次のように決めます。

2つの集合A,Bに対して(AやBは有限集合でも無限集合でもどちらでもよい)、

・AからBへの全射な写像が作れるが、BからAへの全射な写像が作れないとき、Aの方が集合として大きい

・BからAへの全射な写像が作れるが、AからBへの全射な写像が作れないとき、Bの方が集合として大きい

・AからBへも、BからAへも全射な写像が作れるとき、集合の大きさは同じ

とします。ここでのポイントは、AとBが無限集合のときでも上のどれに当てはまるか考えることが出来るので、無限集合同士の大きさを比べることが出来ます。AとBが有限集合のとき、「集合の大きさ」とはまぎれもなく「要素の個数の多さ」です。

 無限集合に対して「要素の個数の多さ」と言ってしまえば「無限」と答えるしかありませんが、さらに踏み込んで2つの無限集合はどちらが大きいか、あるいは同じかを決めることが出来るのって、もの凄いアイディアだと思いませんか?

 ちなみに、時間の都合上、オープンキャンパスで話した内容はここまでですが、もう少しだけ書きたいので読める人は頑張って読んでください。では、自然数と整数ではどちらが多くあると言えるでしょうか。自然数全ての集合をN、整数全ての集合をZと書くことにします。つまり、Nは1, 2, 3, …の集まりで、Zは…, -2, -1, 0, 1, 2, …の集まりです。自然数なら整数ですが、整数でも自然数でない数(0や負の整数など)もあるので、整数の方が多くあると言いたいところですが、実は同じと考えるんです。つまり、NからZへも、ZからNへも全射な写像を作ることが出来ます。ZからNへの写像として、0は1に対応し、0以外の整数はその数の絶対値に対応する(-1も1もどちらも1に対応する)ものを考えると、これは全射な写像です。なぜならば、Nのどんな要素(どんな自然数)に対しても、それに対応させているZの要素があるため、Nの要素全てを覆いつくしていると言えます。NからZへの全射な写像はどんなものがあるか、自分で考えてみましょう。そして、実はこのように大きさを比べると、自然数と有理数も同じくらい多くあると考えられるのです(有理数とは、(整数)/(整数)とかける数のこと)。ただ、自然数と実数では、実数の方が多くあると言えます(実数が分からない中学生は、知っているすべての数だと思ってください)。

 実はこの話、オープンキャンパスでも話しましたが、いま勉強ページの「集合・位相」で行っている議論の内容です。ただ、勉強ページでは、今の説明を数行で済ませてしまいますが・・・途中で「物凄いアイディアだと思いませんか?」と問いかけましたが、やはりこれが数学の最も面白いところだと思います。無限同士の大きさを比べるために、集合や写像なんてものを考える。「素晴らしいアイディアだ!」と、アイディアを愛せるようになれば、本当に数学が好きな証拠だと思います。レベルの差はあれ、「アイディアを愛せる」のは、中学校でも、高校でも、大学でも変わりません。これからの人生で、1人でも多くの人を「こんな考えをするんだ!数学って面白い!」と思わせることが出来れば、幸せな限りです。


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