実は・・・

*この記事は数学とは関係ありません。単なる私の自己開示です。閲覧する際にはご注意ください。もしかしたらすぐに消すかもしれません。


 私は、現在高校で数学を教えていますが、とても大きな悩みを抱えています。それは、ケアレスミスが非常に多いことです。解き方が分からないわけではない、わかっているのに変なミスをしてしまうことばかりです。そのため、採用試験でもうまくいっていません。このページでも、数学に関することを偉そうにいろいろと書いていますが、実は講師なのです。

 学生のころから、勉強全般が得意だったわけではありません。ですが、数学だけに関しては自信がありました。誰にも負けたくないという思いがありました。数学だけは、譲れないプライドを持ち続けてきました。ただ、ケアレスミスが多く、たびたび悔しい思いをしてきたのも事実です。ケアレスミスのせいで点数が思い通りにとれないことが、数学ではだれにも負けたくない気持ちに反して、そのたびに自分自身に怒りを感じていました。

 今、この思いが爆発しそうになっています。先日、採用試験の点数を見た時に、数学の点数が予想以上に低かったのです。正解していると思った問題も実は間違っていたということは、それだけケアレスミスをしているということです。正直、問題が難しいとは感じていません。その点数を見た時に、今までにないくらい怒りがこみ上げてきました。怒りを抑えることができなくなり、人目の付かない場所に行き、一時間弱発狂していました。自分で言うのも変ですが、だれかほかの人に見られていたら完全に「ヤバイ人」だと思われるほどだったと思います。自分自身でもここまでイライラすることに驚いていました。多分、あれは今まで生きていた中で一番腹が立った瞬間だと思います。

 職場で講師という文字を見るたびにイラっとしますし、今の自分の立場を思い出すたびに腹が立ちます。こうして記事を書いていても、パソコンを投げ飛ばしそうなくらいです。今はまだ講師の立場ですが、仮に来年の試験で合格したとしても、すでに講師として経験を積んできたのに「初任」であるということにまた怒りを感じる気がします。「まだ合格できていないこと」に腹が立つのではなく、「落ちてしまったこと」に腹が立っているのだと思います。この怒りは、この悔しさは一生消えないものだと思います。

 講師の先生でも、指導力のある方はたくさんいらっしゃいますし、一回目で合格している方より講師の経験を積んでから合格されている方の方が多いはずです。だから、「落ちてしまったことが情けない」なんてことを言うと失礼なことを言っているようで、相談することができず、ずっと抱えていました。もちろん、そのような先生方が情けないなんてことは全く思いません。ただ、ほかの先生と比較することはそれこそ失礼かもしれませんが、私自身のどうしても譲れないプライドとして、一回目で合格したかったという思いが消えずに残っているのです。

 こういう話をすると、ケアレスミスも実力のうちだとか、言われるかもしれませんが、それを実力というかどうか、そんな日本語の問題はどうでもいいのです。そもそも問題の解き方が分からなくて採用試験に失敗しているのなら、単に必死に勉強します。ところが、ケアレスミスを直す方法が、もう自分の中で分からなくなってしまっています。何年もかけて、このケアレスミスがどうすれば直るのか、ここに注力して対策してきました。その過程でケアレスミスをするたびに、尋常ではないほどいら立ち、ところが直すことができず、色々な方法を試してもうまくいかないことの繰り返しでした。

 ここまでケアレスミスをしてしまうのは、人間性に問題があると思ったことがあります。でも、もしかすると、問題は「ミスをしてしまう人間性」なのではなく、「ミスを許せない人間性」なのかもしれないと感じるようになってきました。なぜここまで数学についのプライドが高いのか、自分自身でもよく分かっていません。ねじ曲がった虚栄心なのかもしれません。プライドが無ければ、ここまで腹を立てていることもないと思います。そうわかってはいるのですが、ミスをしてしまうこと、講師であり力が無いと思われること、落ちたこと、すべてが許せません。

 とにかく、自分が壊れない程度に、これからも頑張ります。

追伸 この記事を読んで、もしかすると心配してくださる方もいらっしゃるかもしれませんが、私は元気です。変なことを書いて申し訳ありませんでした。

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